竹久夢二のお墓(9月1日が命日)
2024/09/01
竹久夢二のお墓(9月1日が命日)
竹久 夢二(たけひさ ゆめじ、1884年〈明治17年〉9月16日 -
1934年〈昭和9年〉9月1日)は、日本の画家・詩人。
本名:竹久 茂次郎(たけひさ もじろう)。
数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人」と呼ばれます。
大正ロマンを代表する画家で、「大正の浮世絵師」などと呼ばれたこともあります。
また、児童雑誌や詩文の挿絵も描きました。
文筆の分野でも、詩、歌謡、童話など創作しており、
中でも、詩『宵待草』には曲が付けられて大衆歌として受け、
全国的な愛唱曲となりました。
また、多くの書籍の装幀、広告宣伝物、日用雑貨のほか、
浴衣などのデザインも手がけており、日本の近代グラフィック・デザインの
草分けのひとりともいえます。
1933年(昭和8年)49歳、ドイツ首都ベルリンに滞在中、
ヨハネス・イッテンの画学校で日本画の特別講義をします。
8月19日イタリアのナポリを発ち、9月18日神戸に帰国。
10月26日、台湾を訪れて講演し「竹久夢二画伯滞欧作品展覧会」開催。
11月11日帰国、結核を患って病床につく。
1934年(昭和9年)1月19日、
親しい文芸仲間でもあった正木不如丘院長の手配により、
長野県八ケ岳山麓の富士見高原療養所(現・JA長野厚生連富士見高原病院)に入院。
9月1日早暁、「ありがとう」の言葉を最後に死去。49歳没。
東京雑司ヶ谷霊園の文芸仲間の上田龍耳の義理の弟山地純一の墓に
9月19日に埋葬されます。戒名「竹久亭夢生楽園居士」。
墓碑には有島生馬に依る揮毫「竹久夢二を埋む」と刻まれています。
骨は後に現在の墓に移されました。
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