ヴィヴィアン・リーのお墓(7月8日が命日)
2024/07/08
ヴィヴィアン・リーのお墓(7月8日が命日)
ヴィヴィアン・リー(Vivien Leigh, Lady Olivier、1913年11月5日 - 1967年7月8日)は、
イギリスの女優。本名はヴィヴィアン・メアリ・ハートリー(Vivian Mary Hartley)。
英領インド帝国の西ベンガル州出身。
1939年の映画『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役と1951年の映画
『欲望という名の電車』のブランチ・デュボワ役でアカデミー主演女優賞を受賞しました。
後者では、1949年にロンドンのウェスト・エンドで上演された舞台版に引き続いて主演を演じます。
また、1963年のブロードウェイ・シアターで上演されたミュージカル『トヴァリッチ』 で、
トニー賞のミュージカル主演女優賞を受賞しています。
2度の結婚歴と離婚歴があり、その一人はローレンス・オリヴィエです。
演劇学校を辞めた後の1934年〜35年に4本の映画に出演し、その後舞台『美德の仮面』で
映画プロデューサーのアレクサンダー・コルダに認められ、1937年の映画『無敵艦隊』に出演します。
映画女優として有名となった後も活動の主軸を舞台におき、
30年にわたる舞台女優としての活動で幅広い役柄を演じました。
ノエル・カワードやジョージ・バーナード・ショウらの戯曲をはじめ、
『ハムレット』におけるオフィーリア、『アントニーとクレオパトラ』のクレオパトラ、
『ロミオとジュリエット』のジュリエット、『マクベス』のマクベス夫人や、
ジャン・アヌイがソフォクレスの「アンティゴネ」を翻案したアンチゴーヌなどを演じました。
当時の一般大衆からはイギリスの名優ローレンス・オリヴィエの2度目の妻としての印象を強くもたれています。
オリヴィエとは多くの舞台作品で共演し、映画作品でも3度共演しています。
結婚生活は1940年から1960年まで続いたが、そのころから徐々に双極性障害に悩まされるようになり、
女優としての仕事量の減少を経験した時期もありました。
また、1940年代半ばごろからは慢性の結核の発作に見まわれるようになり、
最終的にはこの慢性結核で死去しています。
イギリス・ロンドンのティッカレジ・ミル湖に散骨されました。
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