大山倍達のお墓(4月26日が命日)
2024/04/26
大山倍達のお墓(4月26日が命日)
大山 倍達(おおやま ますたつ、韓国名: 崔 倍達〈チェ・ベダル、朝: 최배달〉、
1923年〈大正12年〉6月4日 - 1994年〈平成6年〉4月26日) は、
空手家で極真会館創始者、国際空手道連盟総裁。段位は十段。別名はマス大山。
日本統治時代の朝鮮出身。
1970年代に週刊少年マガジンに連載された劇画『空手バカ一代』での
主人公であり国内外に極真カラテの普及に努めました。
1994年(平成6年)4月26日午前8時、肺癌による呼吸不全のため東京都中央区の聖路加国際病院で死去。
豪快で情に厚い人物であったという。訃報を受けて、添野義二、東孝など、
既に極真を去った元弟子達も多数極真会館総本部に駆けつけ、その死を悼みました。
特に添野は「極真会館」という組織は除名されていても、大山とは私的に家族ぐるみでの
交友が続いていたこともあり、「悲しいねえ…!」と人目も憚らず泣き崩れていたそうです。
死亡直前の4月19日に立会証人5人の下で松井章圭を後継者とする旨などとした危急時遺言が作成されましたが、
公証役人がいなく、妻の智弥子に知らされていなかったことから大きな確認裁判へと発展。
裁判ではこの危急時遺言について、立会証人の中に遺言によって組織上の地位を得る利害関係者がいたこと、
その利害関係者が立会証人として遺言内容の決定に深く関わったことなどから、
大山が遺言者として遺言事項につき自由な判断のもとに内容を決定したものか否かにつき疑問が強く残ると判断されて、
1995年4月に「遺言書は無効」と家庭裁判所に却下されました。
大山には、「韓国にも戸籍があり妻と3人の息子がいる」と言われましたが、
韓国の戸籍とされた書類は生年が違うことから、「同一人物ではない」と東京法務局と裁判所で認定されます。
なお、韓国の戸籍では1922年生まれとなっており、実際の生年は通例の1923年ではなく、
1922年と推定される資料もあるが、死亡時の裁判にて否定されています。
大山は、多額の財産を残したものの、極真会館を法人化するなどの措置は一切とらず、
その財産が、誰のものかという点が曖昧になっていたため、裁判沙汰になっています。
東京都文京区の護国寺にお墓があります。
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