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バディ・ホリーのお墓(2月3日が命日)

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バディ・ホリーのお墓(2月3日が命日)

バディ・ホリーのお墓(2月3日が命日)

2024/02/03

バディ・ホリーのお墓(2月3日が命日)

 

チャールズ・ハーディン・ホリー
(Charles Hardin Holley、1936年9月7日 - 1959年2月3日)は、
バディ・ホリー(Buddy Holly)の名で知られる
アメリカ合衆国のシンガーソングライター。
1956年から1959年にかけてザ・クリケッツを率い
音楽活動を行っていました。

 

1959年にリッチー・ヴァレンス、ザ・ビッグ・ボッパーと共に
搭乗した小型機の墜落事故により死去。
テックスメックスと呼ばれる独特のサウンドと
黒縁メガネのルックスは後世の
ロック・グループに強い影響を与えました。
1986年にロックの殿堂入り。

 

2月2日、ツアー11日目アイオア州クレアレイクでの
ステージを終えた一行は
次の公演先ミネソタ州ムーアヘッドへ向かいます。
365マイル(約600キロ)を拷問に等しい
オンボロバスでの移動を嫌ったバディは、
小型飛行機をチャーターする事に決めます。
自分がツアーに誘ったジェニングスとオールサップも同乗させ、
少しでも休息をとるつもりでした。
しかしジェニングスは体調不良の
ビッグ・ボッパーに気を遣って席を譲り、
オールサップはヴァレンスとのコインの裏表の賭けに負け
バスの座席を余儀なくされました。

 

2月3日午前0時55分、三人のロックスターを乗せた
ビーチボナンザ機は猛吹雪の
メイソンシティ市営空港を飛び立ちます。

 

<2月3日UPI通信の発表>

「本日アイオア州クレアレイクでチャーター機の墜落事故発生。
パイロットを含む乗員4名が全員死亡。
乗客は全国トップクラスのロックンロール・スター、
リッチー・バレンス、J.P(ザ・ビッグ・ボッパー)リチャードソン、
バディ・ホリーの3名。」

TVニュースで事故を知った妊娠2か月のマリア夫人は
ショックの余り流産、愛する家族を同時に失う悲劇に見舞われます。

 

2月7日、ラボック、タバナクルバプテスト教会で
葬儀が執り行われます。バディ・ホリー、享年わずか22歳でした。

興行を主催したプロモート会社ゼネラル・アーティスト・コーポレーションは、
事故の遠因となった過酷な日程を指摘されるもツアーを続行、
ボビー・ヴィー(当時15歳)がバディの代役を務めます。

コーラルレコードは2月28日にLP『ザ・バディ・ホリー・ストーリー』をリリースし、
故人を追悼。事故調査を行った民間航空委員会(CIV)は原因を
「悪天候とパイロットのミスが重なり発生」と結論付けました。

 

<ジョン・レノンがバディ・ホリーを語る>
「革新的で偉大なミュージシャン。彼の影響はこれからも続くよ。
存命なら何をしていたか、今でも思うんだ。
彼が3コードでやった事を全てコピーした時、
僕の中に作曲家としての萌芽があった。
カポタストを使うのを見たのもバディが初めてだったし
ステージで眼鏡をかけるのもOKだ!僕はバディの相棒さ。」

 

<アメリカ合衆国・テキサス州に眠るバディ>
テキサス州 ラボック墓地にバディ・ホリーは眠ります。

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